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インド思想の真髄に触れる ~Colleena ショーとワークショップ後記~

4月30日~5月3日にかけて、インド古典舞踊、ラジャスターン民族舞踊、ベリーダンスの踊り手、Colleena(コリーナ)のショーとワークショップが東京・青山でありました。私はショーではスタッフとして、ワークショップでは通訳として参加させていただきました。 女神のように美しいColleena 踊り手としての彼女は指先まで完璧に踊り、動きのひとつひとつに切れがある。「さすがは古典舞踊で鍛えあげられたテクニックの持ち主!」というのが第一印象。そして、雲に浮いているように柔らかで品があり、女性的なエネルギーでした。Queen Harishが「火とか土」のエネルギーだとすると、Colleenaは「水とか風」でしょうか?とにかくとてもフェミニンで、女神で言えばSaraswati(サラスバティ=弁財天)という感じでした。 楽屋にて 左からColleena, Erina Kasai, Momo, Mishaal Colleena Showに関してはMomoのブログをどうぞ 5月1日の「寺院ダンスの歴史 レクチャー」は特に印象に残りました。 Colleenaはまず自分の簡単な自己紹介をしました。 私はカリフォルニアで生まれ、10代からはアクティビスト、アナーキスト、フェミニスト、パンクロッカーでした。自由を得るために、常に体制に対して戦っていました。1997年にベリーダンスと出会ったことをきっかけに、インド古典舞踊にも興味を持ちはじめ、数年後初めてオリッシーダンスのクラスに行きました。そこで先生が「(床に置いた神仏の像に対して)ひざまずいて、頭を床につけてお辞儀をしなさい」と言いました。私は抵抗を覚え、心の中で「私はどんな神や人間に対しても頭を下げない!誰に対しても屈服しない!」と思いました。でも周りの生徒たちが素直にそうしているので、仕方なくやってみたら、思いがけないことが起きました。ハートが完全に開く感覚と共に、自分を何ものかに委ねることの素晴らしさを体験しました。その時に、自分を委ねることは弱さの象徴ではなく、とてもパワフルなことなんだと知りました。それからは涙が止まらず、一晩中泣いていました。 2001年にインド行きの片道券を手にインドへと旅立ちました。 次にインドの踊りについてこう語りました。 人は何故踊るのでしょうか? インド思想では、人間は神聖なスピリット(魂)から切り離された個別の魂とされています。個別の魂である以上、「神」とはあまりにも壮大な概念なので、実感することが難しい。そこで「形のないもの」を「形にしたい」という欲求が生まれます。神聖なるものを視覚化するにより、そこに近づき、触れたいという欲求が満たされるのです。つまり音楽、踊り、絵画、彫刻、詩、などの芸術は神聖なるものをこの次元に再現したいという欲求の表れであり、神を表現する手段ということになります。 神聖なるものを降ろして表現するためにはそれにふさわしいクリア(清らか)な状態でないといけません。クリアな状態にある踊り手は一種の瞑想状態に入り、神を体現することで別の次元につながれるます。 そして大きな癒やしとパワーを得られる。また踊り手を観るものにも同じこと が起きます。そこで集合体としての連帯感、一体感が生まれて、さらにエネルギーの循環が起きます。 インド古典舞踊の歴史を遡っていくと、古代から伝わる深い叡智、神聖な領域にいたります。 その起源はサンスクリット語で書かれた聖典、”Natya Shastra(ナティア・シャストラ)”にあります。 Natya Shastraとは2000年ほど前にBharataと呼ばれる聖人に書かれたとされる、舞台芸術、演劇、舞踊、音楽を網羅する古文書です。ステージデザイン、音楽、舞踊(身体の各部位の動きやその意味を含める)、メークアップ、など舞台芸術全般を網羅しています。 聖人Bharataは深い瞑想状態に入り、これらの情報を神聖な領域から受け取ったとされています。つまり、インド古典舞踊の動きは瞑想状態で見たビジョン、それは踊る神々であったり、空を舞う天使のような存在たちがしていたものを、この次元で再現、模倣していることになります。 Natya Shastraは5番目Vedas(ヴェーダ)とも呼ばれています。(ヴェーダとはインド哲学、文学、医学、芸術、などのあらゆる分野に関する叡智が記されている4つの聖典。インドのみならず、後世の文化に多大な影響を及ぼしている。) つまり踊りがそれだけ大切なものとされていました。 この後はオリッシーダンスについて色々と語ってくれましたが、今回はここまで…。 コリーナが語るインド古典舞踊の深さに、心の奥深くから動かされました。滅多にないことなのですが、通訳をしていて自分の内なる声が「Yes. これが真実です。」と言っているのを感じました。 もう1つ印象に残ったのはColleenaが3日のワークショップで最後に語ったことば。 「私は自由を求めて、踊りの道に進みました。でもインド古典舞踊を学ぶ道は規律正しく、鍛錬の日々でした。皮肉なことに体制や規律を逃れようとしていた私が、自らそのような厳しい世界に入ったのでした。ところが何年にも渡る訓練を経てテクニックを身につけた私はようやく「自由」に表現することができるようになりました。私は「自由」を規律と忍耐によって勝ちうることができたのです。」 Colleenaが素晴らしいダンサーであるからこそ、このことばが心に響きました。これは確かに真実だと思いました。同時に、私のベリーダンスの師匠、Mishaalのダンス哲学も真実だと思います。Mishaalは「表現をするのにテクニックが大切なのではなくハートです。どんなにテクニックを身に着けても、心から踊っていなければその踊りは誰の心も動かすことはできません。」 相反するように感じられますが、両方とも真実だと思います。 そして私はどちらかと言うとMishaalの哲学が当てはまる人間なんだと思います。つまり、心を開放することによって身体が動き、踊りがつながるタイプ。 今回のワークショップではオリッシーダンス(古典舞踊)、ラジャスターンの貴族のダンス、カルベリア

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