Goddess Dance

Goddess DancePhoto by TRIPTRACKS Hiroaki Sekita

Goddess Danceについて

Goddess Dance(直訳:女神の舞い)は私がAwa Belly Danceのダンサーや講師として活動しながら徐々に芽生えたビジョンです。
それは「ベリーダンス」という枠に捉われずに女神意識を降ろす舞いであり、同時に自分の内なる女神とつながる踊りです。
なぜGoddess Danceなのかと言うと、女神は人間を越えた存在ですが、それと同時に私たちの生き方のお手本でもあります。愛と慈悲の女神、豊穣の女神、変容の女神、美と官能性の女神、母性の女神…女神たちは女性のもつ様々な要素を網羅し、その神話は私たちにどう生きていくべきかを教えてくれます。私たちの中にはそのような神性(女神性)が存在していますが、”間違ったらどうしよう”、”練習の成果が発揮できるだろうか?”と言った緊張や不安の感情、あるいは”うまく踊りたい”、”上手だと思われたい”などのエゴが邪魔をし、それがなかなか発揮されません。でもエゴの部分が静まると自分の中の女神性を発揮できるようになります。そんな時に踊る踊りこそが観る者の心を動かすのだと思います。

即興で踊ることの魔法
Goddess Danceは音楽とつながり、その時、その場で感じたままに即興で踊ります。
私のベリーダンスの師匠、Mishaalは完全に即興で踊るダンサーで、生徒たちにも一切振り付けは教えません。レッスンではベリーダンスの基本的な動きを教え、必ず自由に踊る時間を設けます。その際には音楽とつながり、その瞬間に感じるままに動くことを生徒たちに促しました。Mishaalや彼女が育てたダンサーたちが踊る時、時空を超えた魔法のような瞬間を何度も体験しました。彼女の感性と踊りに対する思想に私は深く共感し、私自身の踊りも即興で踊ります。

私はベリーダンス講師であると共に、「女神のわ」というトーキングサークル(語り合いの輪)を開催しています。東京時代にベリーダンスを学んでいる中で、Aparecidaというベリーダンサー、兼エサレンヒーラーとの出会いがきっかけです。私は彼女のワークショップでトーキングサークルを初体験し、幾度となく人生が変わるような体験をしました。それ以降は生き方が変わったと同時にダンサーとしても、より深みのある表現ができるようになりました。ダンサーはただ踊りの技術を磨くだけでなく、精神的な意味でも成長をすることでより深みのある踊りを踊ることができ、人にポジティブな影響を与えることができることを実感しました。特に輪を作って一人ずつその真ん中で「動く瞑想」をするダンス・リチュアル(踊りの儀式)に参加した時に、私の「動く瞑想」を見て涙を流している人を見て驚きました。その時、恐らく初めて自分の“うまく踊れるといいな”というエゴの部分を意識から消し去り、その場・その瞬間に完全に存在して踊っていたのだと思います。

技術ではなく心が人の心を動かす
MishaalもAparecidaも踊りの技術的な側面よりも、ハートの部分を教えの中で強調します。私自身も数多くのダンサーの踊りを見る中で興味深い発見をしました。それは必ずしも技術があるダンサーが人の心を動かす訳ではないということです。有名なプロのベリーダンサーのショーを見ても何も心に残らないこともありましたし、逆に初心者の踊りを見て感動して涙が出てきたこともあります。踊りをはじめ、舞台芸術は観ている人の心を動かし、魂を揺さぶる力をもっています。でも残念ながら踊りを極めれば極めるほどどうしても技術の向上に意識がいき、「上手だと評価されること」を追求してしまいがちです。もちろん技術があるに越したことはないのですが、それ以上に心がなければせっかくの技術も意味を持ちません。そこで、私は講師として生徒さんたちに「心」の部分がいかに大切かを分かってもらうよう、色々な方法を試してきました。ただし、1時間少々のレッスンなので技術面の向上に割く時間がどうしても比重を占めます。そこで、もっと時間をかけたワークショップ形式で教えることを思いつきました。

アメリカン人の舞踏家、振付師であり、モダンダンスの開拓者であるマーサ・グレアムはこう言い残しています。
Great dancers are not great because of their technique, they are great because of their passion.  ~Martha Graham~
偉大なダンサーは、技術があるから偉大なのではありません。情熱があるから偉大なのです。 ~マーサ・グレアム